祖母
明治生まれの祖母が亡くなったのは20年くらい前かな?
平成何年だったのか、何月だったのかまったく覚えてない。私にとってはそのくらいの存在だった。
少女時代なんちゃら小町と言われたくらいの器量よしだったらしいけど、養女に出されて苦労したようでそれが顔と
口から出る言葉に現れていた。
母が亡くなってから3年間は祖母が食事の支度をしてくれた。
昔のうす暗い台所で電気も付けずに朝は弟とふたりで、
夜はひとりで食事をしていたような記憶がある。
60歳代の祖母にしたら中学生の食事を作るのは嘸かし
面倒だったと思う。今この年になったからわかることだ。
13歳のある日
ごく普通に叔母と話していた私の言葉が気に入らなくて
急に本気で怒り出し💢 その後ことある事にその言葉を
赤の他人さまに 私に言われた と言ってた。
亡くなった母の事もなんやかや言ってたらしい。
それを聞かされた近所の人が私に
あんたっちおばあちゃんが………… て言ってたよ。 と
話しにきた。
(祖母もこのおばさんもなんなんだろう😢)
高校生になるとひとつ違いの従姉妹と比べられ、
就職が決まった時にも嫌味☹️
時が経ち そんな祖母も亡くなった。
葬儀会場に入ると
痴呆症を患い施設に入って生活していた時に写してもらったんだろう写真が遺影になっていた。
長くお付き合いしていたご近所の女性がヒソヒソ
誰かに話していた。
「見てごらん、可哀想にあんなにかくしゃくとしてたのに
ボケちゃってあんな顔になっちゃって、なんちゃらかんちゃら………」
遺影の祖母は、角がなくなり優しい顔で、
口を開けて楽しそうに笑っていた。
この人は本来こんな人だったのかもしれない、と
咄嗟に感じたら なんだか心がほっとして泣けてきたのを
覚えている。
言われた嫌味、切なさは消えないし無かったことにはできない。 けれど
もういいやっ て思えた。
でも時々思う。
私にはこの人の血も流れてるんだって。
ちょっと怖くなる。
だから謙虚に生きようと思う。
祖母に感謝だな。

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